離婚の経緯

2013年2月14日に私は離婚届を提出しました。

当時元旦那は29歳、私は27歳、娘は5歳、息子は2歳でした。

シングルマザーになるに至った経緯としまして、元旦那さんがとても自分勝手でした。

私が具合悪くて早く帰ってきてほしい時には仕事終わって帰ってくるのが23時前後。

具合悪くても子供たちにご飯の支度と食べさせて、熱があってもお風呂に入れ、歯磨きをさせ、寝かしつけていました。

それでも頑張って家族の為に働いてくれてるからと我慢を5年続けました。

土日になれば朝早くに釣りに行き、帰ってきても寝ていました。

仕事が遅くなっても誰かとご飯行くと言って一旦帰ってきてもまた出かけてしまう始末で、早く帰ってきたとしても趣味でバンドをやっていたので、バンドの練習や打ち合わせと言って出かけてしまっていました。

そんな中、2012年12月の年末、私はインフルエンザにかかりました。

しかし、病院にも連れて行ってもらえず、ご飯もくれず、子供たちを見てくれない事にさすがに堪忍袋の緒が切れたのです。

元旦那の目の前で実母に電話し、病院に連れて行ってもらいました。

ご飯も母に頼んで、コンビニでお(ぎりをかってもらいました。

年末年始を一人で過ごし、年が明けた吉日に、かねてから建築していたマイホームが完成し、引き渡しになったのにも関わらず、「お前の顔色を伺いながらの生活はもういやだ。

離婚してくれ」と言われました。

なぜ私が離婚し、シングルマザーになったかと言うと、「日々の積み重ねと熱が出てもインフルエンザになっても子供たちを見てくれない元旦那に嫌気が差した」と言う事です。

これなら一人で育てていった方がストレスは軽減されると思ったからです。

実際離婚してからは、力仕事で大変な事ももちろんあります。

ですが、毎日子供たちが家事を手伝ってくれるようになり、ストレスが減りました。

兄弟喧嘩はあるものの、仲良く遊んでいる二人をみると、「この子たちは私をママとして選んでくれたのなら私はこの子たちの笑顔を守らなければ」と思うようになり、子供たちが離婚前よりもかなりの原動力になっています。

「離婚してよかった」と思うことがありますが、身体的に辛い事も確かです。

そして今は子供たちと3人で暮らしています。

実家にいた時よりもやはり大変で毎日が大戦争で、仕事から帰ってきてからは私は夕飯の支度、娘は洗濯物をたたむ、息子はお風呂掃除と分担して家事を行います。

これは、アパートに引っ越す際のお約束でした。

「今度は大人がママ一人になるから、二人が手伝ってくれないとまたばあばの家に戻る事になるからお手伝いしてね。

」と約束しました。

その約束を二人は守り、毎日手伝ってくれます。

経済的にはカツカツですが、何とかやれています。離婚する前にやっておいて良かったことと言えば、クレジットカードを作ったことです。

ここのサイトなどをみるとわかりますが、低所得のシングルマザーはクレジットカードを作るのが難しいので、結婚しているうちに作っておいたほうがいいです。限度額が大きいアメックスとかにしておけばいざとなったときも安心です。

最後に離婚して子供たちにはお父さんがいない事による寂しさを感じさせてしまっていると思っています。

ですが、母も妹もそして父も子育てに協力してくれています。

父が子供たちの父親代わりみたいな感じになっているからか、二人共とても楽しく過ごしています。

辛い事も多々あり、凹む事も多いですが、私はこれからも子供たちの笑顔を守り、親子3人で協力していきたいと思っています。

二人は私の宝です。

 

母は強し

私は30代後半専業主婦です。

シングルマザーになったきっかけは、去年主人を病気で亡くしたからです。

正直、まさか自分がシングルマザーになって、一人で子育てをしていくことになるとは思ってもみませんでした。

出産してから、ずっと専業主婦できたので、これから一家の大黒柱として、二人の子供を育てて行かなければいけないというプレッシャーに押しつぶされそうです。

今は、遺族年金を受給して、支出を減らしながら、なんとか生活ができていますが、これから教育費がどんどんかかるようになってくるので、本格的に就職活動をして行きたいと思っています。

母子家庭になり、活用している制度は、ひとり親家族の医療費助成を受けています。

子供たちは、中学3年生まで医療費が無料の地区なので、親子で安く済み、本当に助かっています。

あと、今年の4月から小学校の就学援助を受ける予定です。

これで、給食費などが免除になると教えてもらいました。

幼稚園も保育料が免除になるので、その分、将来の教育費にしていきたいと思います。

生活していて困ったことは、家の事、子供の事、仕事、すべて自分一人でやらなければいけないので、時間が足りなくて困っています。

一つをしっかりやると、他に時間をかけられなくなって、段々すべてが中途半端になってしまっているので、時間の使い方を模索しているところです。

近くに、亡くなった主人の両親が住んでいますが、私にとっては義理の両親。

何かをお願いするにも、いろいろ考えてしまい、正直頼ることによって、わたしの負担が増えるので、今はほとんど頼ることはありません。

この先も支援などは受けずに、一人で頑張ってやって行くと思います。

ただ、いざ働きに出ることになったら、子供の病気など、一人では対応できないことも出てくること思うので、なかなか働きに出られないのが今の現状です。

保育園などに転園する方法もあるのですが、病気の時などは見てもらえないので、転園するメリットがあまり感じられないので、今のまま生活していこうと思っています。

また、自分一人だったら、遠方にある実家に戻ることもできるのですが、上の子が小学校に入っているので、子供の事も考えて、この地を離れる決断がなかなかできません。

どの方法が、子供たちにとって一番いいのか、その都度考えて対処していきたいと思っています。

再婚は、今は全く考えていません。

恋はしたいとは思いますが、今は子供たちが一番大切なので、自分の恋は二の次で良いです。

まずは、子供たちを一人前に育て上げることを目標にし、達成してから、ゆっくり自分の老後に向き合っていきたいと思います。

 

まさか自分に起こるとは・・・

私は小学4年生の1児のシングルマザーです。

私がシングルマザーになった理由はまさかこんな事が実際にあるなんて!という出来事です。

高校を卒業して専門学校に通っていた私はそこで知り合った同じ学校の同じ年の男の子と付き合いました。

それから2年くらい付き合っていたのですが黙って女の子と遊んでいたり、悪い事をちょこちょこしてたので別れることにしました。

しかし別れた月に妊娠が発覚して私は産まないつもりでしたが母親に産んでほしいと言われ産むことにしました。

一応元カレともよりを戻し籍も入れ一緒に住む予定だったのですが就職が他県に決まってしまっていてしばらくは別居生活をしていました。

旦那の就職先は全く周りに知ってる人も居なくて全然知らない土地だったので私は実家に残ってたまに旦那に会いに行っていました。

そして私が出産をすると同時に旦那の職場も地元にしてもらえたので帰ってきました。

出産後しばらくはお金もなく住むところもなっかたので私の実家で一緒に暮らしていました。

一緒に暮らしていて最初から怪しい行動をしていて携帯電話にはロックがかかっていたり電話をするときは違う階に行って電話をしたりしていました。

挙句の果てには前の職場の友達の所に遊びに行ってくるといい3日ぐらい外泊をしていました。

さすがに怪しいと思った私は旦那を問い詰めたところ前の職場の女の子と浮気をしていました。

なんで浮気をしたのかと聞いたらやっぱり寂しかった言われどんな女の子か聞いたら私に似た女の子だと言っていました。

私も確かに妊娠中であっても旦那に付いて行ってあげるべきだったのかと反省し旦那を許しました。

それから旦那とは普通に生活をしていたのですがある日旦那の鞄からちらっと手紙がでていたのです。

その手紙の送り主は浮気相手からでした。

内容を読んでいくと「生まれた子供が○○の子供じゃなっかたらいいね。

そしたらまた一緒に居ようね」でした。

確かに私は妊娠した時に旦那と別れていていい感じの男の子が居て関係ももった事があったので旦那にあなたの子か分からないと言いました。

けどそれでも旦那も母親と同じで産んでほしいと言ってきたのにまさかこんな風に思っていたとはです。

しかしそれも私がそんなことを言ったのが悪いと思ってそこも我慢したのですがその浮気相手の名前を見た瞬間ブチ切れして旦那に離婚届けに判子を押して投げつけました。

なんと名前が子供につけた名前と同じだったからです。

生まれてくるまで名前を決めていなくて旦那が提案した名前は結構ありきたりで私は嫌だったのですがやたらとその名前がいいと言ってきて漢字もありきたりな漢字だったので名前は旦那の案にしてあげて漢字だけは変えちゃんと意味のある漢字にして名前をつけました。

そりゃあ旦那があの名前を押してくる訳です。

自分が浮気してて好きになった女の子の名前なのですから。

私は浮気ならまだ許せるのですがさすがにこればかりは許せませんでした。

旦那に相手の連絡先を聞き電話して「のしつけてこんな旦那あげる!その代わりこんな事して幸せになれると思うな」と言って電話を切りました。

旦那にも泣いて謝られたけど、さすがに許すことはできないので離婚しました。

子供は生まれてきてすぐにDNA鑑定を出していたので旦那の子供ということがわかっていました。

その後旦那は浮気相手の女の子と離婚して半年でできちゃった結婚をしてまたすぐに離婚したみたいです。

理由は私が電話をかけて文句を言ったことをその子が親に言ってたみたいで相手の親からいい目で見られず挙句の果てその浮気相手は一切家事ができなかったみたいです。

私はとてもすっきりしました。

これが私の離婚の体験談です。

ドロドロした漫画のような出来事がまさか実際にあるなんて全く思っていませんでした。

 

シングルだと仕事選びが大変

シングルマザーになって一番大変だと思ったのは仕事選びです。

まず保育園に入れて居たので日曜と祝日が休みのところで、さらに保育園のお迎えに間に合う仕事の時間帯。

そうなったら自分がやりたい仕事なんて中々できないです。

雇ってくれても子供が病気になって仕事を休みがちになると周りからもいいように思われません。

私はそこら辺はまだ恵まれていました。

子供が生後半年で川崎病になってしまい1か月半入院しました。

その間ずっと仕事を休んでいたのですか子供が退院してすぐに仕事を復帰したのです周囲からは心配の言葉ばかりでとても助かりました。

3歳の時にまた川崎病になったのですがその時も1か月入院したのですがそのときも全然大丈夫でした。

本当に人に恵まれていたんだなぁと思いました。

働いていた会社が倒産してしまい仕事探しをしていたのですが中々仕事が決まりません。

やっぱり週末休みで、残業もあまりできないとなると中々雇ってくれないのが現実です。

友達に相談したら友達が働いている会社に相談してくれて私はそこの会社で働けるようになりました。

そこの部署は元々残業もなく週末も休みだったので良かったのですが週末以外にも休みになったりで給料が少なかったので違う部署に変わることになりました。

休みの条件は一緒で違う部署に移ったのにそこで働いているおばちゃんに○○さんだけずるい。

平等じゃないと文句ばかり言われました。

私からしたら公休希望も出してないのになんで文句ばかり言ってくるんだろうと思っていてその件で3回くらい揉めました。

あまりにもしつこかったので課長に何回も言うてくるなら私は辞めます。

って言ったら課長もあっさりわかったと言ってきました。

私からしたら課長もそのおばちゃんの肩を持ったとおもい悔しくて辞めることにしました。

一応辞めることを紹介してくれた友達に話すとなんでそうなったか聞かれたので理由を言うと、友達は凄く怒りました。

友達のお母さんも同じ会社で働いているのですが友達のお母さんにまで話がいき、お母さんが更に友達以上に怒りました。

現場までお母さんは乗り込んできて課長に文句を言いました。

なんで週末休みで契約してる子を契約違反で辞めさせるんやと。

確かに契約違反なので友達のお母さんは辞めさせないようにしないと上に報告すると言い出しました。

それからしばらくたって友達のお母さんが課長にあれからどうなったか聞いても逃げてばっかりだったので、それに対してもお母さんは怒り遂に本社の部長に報告してしまいました。

それからは課長も手のひらを反したかのようにこれからは週末でなくていいからと言ってきました。

文句ばかり言ってくるおばちゃんは私に本部長が味方に付いていることが猶更気に食わないみたいで何かしらにつけては文句ばかり言ってきます。

正直私からしたら貴方も子供居てるねんからわかるやろ?と思います。

それに私の事が嫌いならほっといてほしいです。

まぁ、そのおばちゃんとも今年中で終わりと思います。

やっぱり今の職場だと週末忙しいから出たほうがいいし年中無休で正月も休みがない。

子供の学童のお迎えに間に合わない時もあるので仕事を変えようと思います。

次は週末休みでお迎えも間に合い何より正月休みの所にしてもう少し子供と居れる時間を増やしたいです。

 

シングルマザーだって悪い事ばかりじゃない

私は今から4年前離婚をした40代後半の母親です。

当時子供達は息子が高校2年生、娘が中学1年生と言う多感な時期でした。

私は10年前に大きな病を患い手術をしましたが、それからどうやら5年もの間元夫は機会を伺っていたようです。

その機会とは。

大きな病は5年が一区切りといいます、その5年が過ぎた頃から何となくぎくしゃくしてきたのかもしれません。

まぁ致し方ないと言えば致し方がない、それは私の身体の機能が健康体ではなくなったと言う事でしょうか?離婚する半年ほど前から、夜家に帰らなかったり、夕飯は外で済ませてくるといつもと違う行動に出ていましたがそれからお金も底をつきいよいよどうしようもなくなったのでしょう?ある日時間を作ってくれと言われ夜中子供達が寝静まった頃二人で話をしました。

向こうからの申し出ですが私はすがる気持ちなどさらさらありませんでしたので、色んな情報を集め自分に100%有利になる方法で決着をつけました。

本来であればどうしたいのか?を子供達に聞くべきでしたが私は子供達を手放す気などなかったので、子供達に元夫からこんな話がでるからと話にくる前に全てを話しました。

それは何故か!彼がきちんと本当の話をするとは考えられなかったから。

私の病気が原因で夫婦生活が上手くいかなくなった事、俺も男だからと豪語したこと。

可哀想だからと同情された事等肝心な事は彼が子供達に話す前に話したことで子供達は彼からの話を淡々と聞いてました。

私は伏し目がちになる子供達にこう言いました。

目を見て話を聞きなさい。

伏し目がちになっているのは彼でした、情けない姿を私は目に焼き付けて欲しかったからです。

自分で言いだした、自分で離婚したかったのにどう考えてもあの姿は情けない以外にありませんでした。

離婚するにあたり当時高校生だった息子がまず発した言葉は名字変わるのかな?でしたが、私は元々結婚する際万が一離婚するような事があっても旧姓に戻る気はなかったので、心配ないから大丈夫とだけ伝えました。

しかし離婚後子供達には本当に助けられました、親のエゴで離婚したのですから思う事もあったでしょう。

離婚前の話を聞いて息子はこう言いました、あれは酷いなと。

普段大人しい性格なのですが、きちんと見るべき事を見て冷静に判断出来る子なんだと思いました。

離婚後は仕事を増やし今まで以上にがむしゃらに生活していますが、そんな姿を見ているからでしょうか、グレることなく真っ直ぐに成長してくれ今3人の生活が本当に上手くいっていますし、些細な言葉で大笑いする家族です。

いつか言われた娘の言葉、たくさん笑ってるね。

貧乏だけど笑って大切なんですよね、夕食のほんの何十分の間でもこうしてたわいのない話をしながらおばかな笑いに包まれる時間があるのがいかに大切なのかと思います。

生活は大変ですが離婚は悪い事ばかりではありません。

自身に起きた事柄に対し、向き合って前に進んでいれば道は開けると心から思うからです。

いつも平静ではいられませんが、働きながらも好きな趣味の時間を少し持ちつつ、気分転換しながら日々を頑張るこのメリハリが何より大切なのではと思いました。

これからの子供達の成長が楽しみである私です。

 

2年前にシングルマザーになりました。

現在8歳の女の子を育てている30代前半のシングルマザーです。

私が元夫と2年前に離婚した直接の原因は彼の度重なる浮気と、全く家庭を顧みないダメ男ぶりに我慢の限界が来たことです。

結婚する前から何度か浮気疑惑はあったのですが、彼を信じたいという想いと、さすがに結婚して子供が生まれたらさすがに落ち着くだろうと期待していたのですが、現実は違いました。

結婚後いくら私が浮気を疑っても毎回うまいこと言い逃れをされ、はぐらかされるのを繰り返していたのですが、このままでは子供のためにもならないと思い興信所を使い、決定的な証拠を突きつけて離婚しました。

ちょうど子供が小学校に上がる前だったので、タイミングとしてはベストだったんじゃないかなと思っています。

もし小学校に入ってからの離婚だと、途中で苗字が変わるのは周りからも色々詮索され、娘ももっとつらい思いをしただろうなと思うし、それを考えるとずるずるとあのままストレスフルな結婚生活を我慢しながら続けていたかもしれませんん。

元夫から毎月養育費はいくらかもらっていますが、それでもやはり経済的には基本的に私がしっかり働かなくてはという思いがあるので、プレッシャーもあり生活は以前に比べるとかなりハードになりました。

でも自分自身で決めたことなので、娘のためにも頑張るしかないなと思っています。

有り難いことに、私たちの暮らしている市では「ひとり親支援」というものがあり、毎月4万2千円を子供の扶養手当としていただいていて、それは本当に助かっています。

娘は私たちが離婚前する前は夫婦間のあまり良くない感情を敏感に読み取り、いつも私たちの顔色を窺うような目や表情をしていましたが、離婚して私と二人だけになると娘の表情や言動が良い意味で変わりました。

小さいながらも今まで相当私たちに気を遣ってきたんだろうなと申し訳ない気持ちになりましたが、それと同時にやはりこの娘の変化を見て離婚に踏み切って良かったなと改めて実感しています。

小学校のお友達にはわざわざ自分からは話さないけど、特に増せている女の子たちの中には我が家の離婚のことに気づいている子も多く、ダイレクトに「○○ちゃんはお父さんがいないの?」聞いてくる子もいるそうです。

そんな時、娘にとって父親は父親なので「お父さんはいるけど、一緒に暮らしていないだけ。

」と娘なりの言葉で説明しているようです。

これからもきっとひとり親だということで辛い思いや悲しい思いをさせることがあるかもしれないけど、出来るだけそれらを感じさせないように出来る限りのケアをしていきたいなと思っています。

 

シングルマザーの子育てと仕事の両立

私は30代前半のシングルマザーです。

シングルマザーになってから、困っていることの1つに仕事と子育ての両立があります。

子供の父親が養育費を払えないこともあるので、お金を稼ぐことがとても大切なのですが、子供がまだ小さいので、なかなか時間がとれないことが多いのです。

子供が風邪をひいたときの仕事シングルマザーで、両親も働いているので、子供を預かってもらうことが難しい環境なので、仕事との両立がなかなかできていないのが現状です。

1人で子供を育てていくには、正社員として働く必要があると考えて、正社員で働いています。

子供がまだ小さいので、仕事のときはいつも保育所に預けていますが、風邪などを引いて体調が悪くなったときには、保育所には預けられないので、少なくても1日は会社を休む必要があります。

正社員なので、休む時には有給を消化しますが、他の社員の方に迷惑がかかってしまうので、いつも大変申し訳ない気持ちでいっぱいになります。

忙しくても、残業できないことまた、忙しいときにも、保育所のお迎えの時間があるので、残業をなかなかすることができないこともあります。

土日に他の社員の方が来て仕事をしているときにも、保育所が日曜日は営業していなかったりするので、私だけ行けなくて、いつも申し訳ないです。

こんなときには、父親がいてくれれば、お迎えにいってもらったり、土日に見てもらったりできるのになぁと思うこともあります。

自分で選んだことなので、子供には寂しい思いはさせたくないと思いますが、働かなくては子供にいろいろなこともしてあげられません。

仕事をもっと頑張って、お給料をもっともらいたいと思いますが、子供の体調不良で休むことも多いので、なかなか上司の信頼を得ることも難しい状態です。

もう少し子供が大きくなったら、少し寂しい思いはさせるけれども、もう少し仕事に時間をかけて、頑張って、高校、大学など子供やりたいことを自由させれるようにしていきたいと思っています。

これからの仕事と子育ての両立これからは、子供がいるから仕事がちゃんとできないと言い訳をしないで、自分が仕事をしやすい環境を作っていきたいと思っています。

仕事を急に休んでも、他の社員の方がその日にやらないといけないことがすぐに分かるように、事前にまとめておいたり、急に休んでも次の日に対応すれば間に合うような余裕のあるスケジュールを事前にくんでおくことなど、私がシングルマザーとして働きやすい環境を作っていきたいです。

 

異性だから困った

私は30代後半で、息子が二人います。

離婚当時は2歳と1歳の年子で、実家は遠方にあったのと母が障害を持っているため頼れずに結婚の為に来た土地で誰も助けのない中で私しか大人のいない母子3人の生活が始まりました。

当時は二男の育児休暇が終わると同時に復職する予定でしたが、保育園に入る事が出来ずに専業主婦になっていたので、まずは仕事探しからしなければなりませんでした。

しかし、子供を二人つれての役所への手続きや職探しはとても困難でした。

言って聞いてくれる年齢でもなかったので、窓口などで話をしていてもあっちこっちへ好き好きに走り回る有様で苦労しました。

公立の保育園には入れなかったので、私立の保育園に二人を入れましたが二人だと多少の割引はあるものの保育料は高額で当時は何のために働くのか?→でも私が働かないと食べていけないという負のループにはまっていました。

保育園に行くようになってからトイレトレーニングが始まり、長男は家でも少しづつ初めていたのですがある疑問が浮かびました。

男の人のトイレの方法は何となくは分かっていたけれど厳密には私は知らなかったのでこれを息子たちにどう教えたらいいもんなのか?ですが、デリケートな部分の話なので身近な人に聞くという訳にもいかず、困ってしまいました。

保育園ではおまるでトイレをしているようですがそれ以外の事はしていませんとの事で、今なら職場の男性でも男友達にでも笑って聞けるような気もしますが当時は離婚、保育園、行き始めたばかりの職場、子供たちを育てることに頭がいっぱいで煮詰まっていたのか一人で抱えて悩む日々でした。

インターネットで検索してみたりもしましたがいまいちよく分からなかったです。

ここで初めて異性を育てる事の大変さを痛感しました。

子供はもちろん無条件にかわいいですし産まれた時から息子たちの事は見て世話をしていますがやはり私は女なので持っていないものの事は説明が出来ないのです。

一人で悶々と悩む日々が続きましたが結局、最後にはあきらめました。

悪い意味ではなく、いつからおしっこをした時に最後に振るのか雫をきるのか教えなければと思っていましたが、分からないものは分からない。

なので、時がくれば自分でするようになるだろうと家でも普通にトイレトレーニングだけするようにしました。

今はお父さんも出来、その悩みを話したら大笑いされました。

誰も教えなくても小学生にでもなれば周りを見てするようになるだろうし、そんなの心配する所じゃないと・・・。

母子家庭のお母さんはやはり自分一人で父と母の両方をしなければならないので、気がせっているような気がします。

当時の私ももう少し周りを見る余裕があればよかったなと思います。